ソニーのカメラは当初「写真を撮る」ことに主眼を置いていなかった

日経ビジネスで、ソニーグループ元副会長の石塚茂樹氏のインタビュー記事「ソニーデジカメ戦記」の第13回が公開されています。

第13回 5年で首位を獲ったソニー。「技術だけでは勝てなかった」

  • (ソニーのレンズ交換式カメラは)15年からじわじわ、じわじわとシェアが上がっていって、17年には国や地域によってはトップシェアになっている。
  • シェアの拡大に一番貢献したのがα7 III。まあまあの値段で機能的に不足がないので大ヒットした。これでグローバルシェアナンバーワンを、一応内部カウントだが達成した。
  • ミラーレスは唯一伸びている、いつまで持つかも分からない。で、考えてみると、ソニーのデジカメは昔から動画に強い。ソニーの強みは昔から動画だよねということで、高感度で動画に強いα7Sシリーズは強化を重ねて、本当の映画の撮影にも使われるまでになった。

  • ソニーは「人のやらないことをやろう」という技術者が多い会社だと思う。そして、人の言うことを聞くのが苦手。だから、自分で新しいやり方をつくって、それを広げようとする。そういう意味ではフルサイズミラーレスは、ソニーにしては珍しく、市場の、お客様の声を真摯に聞こうとしたビジネス、といえるかもしれない。それができたのは、過去の失敗のおかげでだろう。
  • 僕らはデジタルカメラを「デジタルならではのカメラ」だと意識して開発していたが、今にして思えば結局「写真を撮る」というマーケットのほうが、デジタルならでは、ということより全然広くて深かった。
  • 僕らは「写真を撮る道具をつくっている」というよりも「デジタルで何か新しいことができる製品をつくっている」という感覚だった。別の言い方をすれば、「写真を撮る」ということを、たぶん主眼に置いてなかった。今までのカメラとは何か違うことができる、ということを目的にしていた。
  • カメラメーカーさんや評論家に言われた「電機屋のカメラ」って、つまりそういうこと。よく言えば、今までできなかったことができる。悪く言うと、写真はちゃんと撮れない。もちろん我々は、真摯に、真面目にモノづくりをして、「ちゃんと撮れる」と思っていた。だけれども、写真を撮るときの体験として、物足りないことがあったのかもしれない。そういう意味でも、あくまで「写真」にこだわってきたコニカミノルタの事業を、ソニーが継承できた意味は大きかった。

 

ソニーの初期のコンデジは奇抜で面白い製品は多かったですが、確かに使い勝手の面では疑問符が付くような製品もありましたね。現在のミラーレスでのソニーの成功は、センサーなどのハード面の技術が優れていることに加えて、顧客からのフィードバックを重視して「写真を撮る道具」としての完成度を高めていったことも大きそうです。